【親の偉大さを実感】【大学受験パート①】

高校受験も第一志望校に合格することは出来ず、都内の私立滑り止め校への入学が決まりました。

ただ、中学受験の時とは違い、全然歯が立たないことはなく、いい勝負をすることが出来たと思います。

高校入学時にクラス分けがあるのですが3クラスあるうち1クラスが特待クラスの設定がありました。

入試の得点が良かった私は幸いにも特待クラスとして入学することが出来、

まあ滑り止めだったしそりゃそうかという気分。。

高校受験も終わりましたがもう3年後には大学受験が控えています。

当時の気持ちとしては大学受験の成功のために中学入試、高校入試と頑張ってきていたので

ついに本番かという気持ちでした。

ただ高校生活も充実したものにしたく部活は中学から引き続きサッカー部に入部。

ここで想定外のことが、なんと

本気のサッカー部で、中学でのなんちゃってサッカー部とはまるで違う環境でみんなガチ。

顧問の先生からは怒られることもあり、そんな怒鳴られながらサッカーしたくないという

ぬるま湯根性と受験勉強に専念するという言い訳で高校2年の夏前に退部しました。

大学受験に向けては小学生の頃から医者への憧れがあり、医学部を目指していました。

もちろん平凡サラリーマン家庭でしたので国立医学部しか選択肢にありません。

ご存知の方も多いと思いますが国立医学部は最難関です。

国立医学部に受かる実力があれば東京大学も合格するなんて言われてるくらいです。

自分の感覚では東大の方が難しいと思いますがね。

現役の時はSEGとか代々木ゼミナールとか所謂有名講師を探しては受けるという受験オタクみたいなことをしていました。

一部の予備校ではカリスマ予備校講師がいて、その人の授業を受けるために抽選になったりします。

そして授業の後にはその講師のところにサインを貰いに長蛇の列が出来るという

アイドル並みの人気講師もいました。

みんな勉強しに来ているんじゃないの?と、当時はとても不思議な気持ちでした。

現役時代は参考書にこだわりすぎたあまり、良いと言われる参考書にいろいろ手を出しすぎたり、

人気予備校講師に転々としていた典型的なダメ受験生でしたね。

もっと腰を据えて、的を絞ってやれば良かったかな。

現役時代の大学入試結果は全く歯が立たず相手にもされませんでした。

試験の感覚を掴むために受験した筑波大学の医学部はもちろん受かるはずもなく。

ここまで実力が乖離していると悔しいという気持ちも起きませんでした。

中堅私立の〇〇工業大学は受かりましたが、まだ本気を出し切ってないと思ったのと

やはり医学部に行きたい気持ちが強かったので当然のように浪人生活に突入しました。

パート②に続く・・・

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こんにちは、masaです。
2021年に大手企業を勢いで退職し、個人で稼ぐため日々勉強に励んでいます。
人生100年時代、後悔ない人生を歩むため常にチャレンジです!

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